ボス猿理論
相変わらず週末に街に繰り出している。夏で2年目となるが成果を感じるというよりかは変化に気づくようにしてきた。成果なんてのは自分たちの達成感という名の自己満足でしかなく、日々時間の流れに身を任せて心と身体を削りながら日銭を稼ぐ彼女たちや産まれた場所に家族としての居場所がなくて求めていた”家族”をトー横で形成する彼等にとって、今をどんな形にしろ生き抜いているので、心配だの更生だのは大きなお世話だ。ただどんな些細な変化も見逃さないように少しの変化にも気づくようにしてきた。
ホテル街やトー横を何周も回りながら声をかけて会話をしていくと誰と誰が、どことそこが、誰かは居なくなり誰かは逮捕されて。誰かは幸せそうで誰かは不幸な目になんて耳にする。
立ちんぼだけがホテル街にたむろしてる訳ではない。特に最近はトー横の子らが仲間と日銭を出し合ってホテルに停泊する。根城にする。数十名が近隣のホテルに巨大な荷物と共に泊まり込む。彼等、彼女たちは全国から集まり、歌舞伎町に来るときはトランクケースを抱えている。それはもう引き返すつもりはないからだ。ホテルの外には集団がたむろするのでトラブルも絶えない。
流石に毎週顔を突き合わせていると立ちんぼからオジと呼ばれる連中からホテルの外に溢れ出す若者からたまに通りかかるお巡りさんからホテルのオーナー、トー横の広場の連中までみんなしっかりと言葉を返してくれる。個人的なことから近況まで話してくれたりする。
「いつもありがとうございます」「気にかけてくれて感謝してます」「こないだこんなことがあったよ」「もうすぐちゃんとした仕事をするよ」
最初はこんなことは考えられなかった。俺たちを見れば冷やかしかと思われたし、YouTubeの撮影目的じゃないか?とか。トー横においては地元の先輩面して俺たちの何が分かる?と反発もあった。どう思われても自分たちが嫌われていることも含めて敏感に察知しながら寄り添うことと目線を合わせることを辞めなかった。毎週顔を合わせればお節介と言われても彼等彼女たちの未来を心配してるとだけ伝えて小さな変化、表情の機微にも気付くように接してきた。
その甲斐あってか最近では大分心を開いてくれたように実感する。決して俺たちの声掛けで足を洗ってくれるとは思ってない。多少なりとも影響は与えることはできたとしてもそれはほんの些細なきっかけに過ぎず、人生を変えるほどの導きなんてできるはずもないし烏滸がましい。「同情するなら金をくれ」じゃないが、心配なんかクソの役にも立たないと言われればそれまでだ。それでも見守ることを辞めずにこの先もずっと関わりたいと日々強く思う。
昨年、未成年の少女を保護したSGSの女性リーダーがまめに連絡を取り続けてくれていてその女の子は訳あって施設に送られてしまったがその子の年子の兄がとても心配していた。女性リーダーはその兄ちゃんを先日のブレイキングダウン名古屋大会に連れてきてくれて、会場の外で会うことができた。とても良い刺激を貰ったようで嬉しかった束の間、今度はその女の子(妹)が施設を退所すると同時にトラブルが起こり、女性リーダーが活動外のプライベートなのに寄り添ってくれて新幹線で名古屋まで行ってきてくれた。
こんな事案も頻繁に起こるので、流石にパトロールだけでなく、相談→保護→自立支援までをSGSで出来るように行政と連携を取りながら出来るような仕組みを作りたいと考えている。
サムネの集合写真は昨夜トー横広場で撮ったもの
写真中央にいるエイトやその仲間たちは現在のトー横のリーダーで、右に居るインフィニティはまだハウルがトー横にいた頃からの古株だ。彼等は時に父親に、時に仲間で、時に親分のような役割を広場で果たしている。騒ぎが起こるとそこに警察が注意しに来るが、しっかりまとめて収束する。地元のヤクザが顔を出せばしっかりと挨拶をして「変わりありません。僕たちが見てるので」と。
「トー横を死守しないとこいつらの居場所がなくなっちまうんすよ」
彼は広場に集まる”家族”を見渡しながら俺にそう言ってくる。
俺も20年以上前は同じ場所に居た。どの時代にもそこの”顔”がいて秩序が守られてきた。外から見れば違法性や心配になる事象や市民が怖がるような迷惑事例もあったりする。それでも一定ルールが築かれていて”ボス”の言うことには従う。それは自分がこの辺りで頑張ってた頃と変わらない。色々世間から厳しい声や非難があるが彼等の父性や愛情、責任感は紛れもない本物だ。
エイトの言うとおり避難はあれど彼等の居場所をなくさない程度に街と共存していく方法を考えていく必要がある
彼等と信頼関係が築けてることがこの活動を始めてまだ2年足らずで一番の成果かもしれない。
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